リボルドウェからこんにちは。

オンラインゲーム「Granado Espada」の日々徒然日記です。

戦艦武蔵の最期

昨年末に、NHKで放送された「戦艦武蔵の最期」。
好きで何度か繰り返し見ています。

今回GE全く関係ないです。
タイトル通り、実在の戦艦の話です。

大和型戦艦二番艦 武蔵。
同型艦一番艦の戦艦大和は超のつくほど有名ですが、姉妹艦の武蔵のことは、「艦これ」やるまで正直知らなかったワタクシ。

ですが、初めて参加した悪夢の2013秋イベで、初めてゲットしたイベント最終海域報酬になったのも手伝って、
まぁきっかけはゲームですし、軍艦に通じてるわけでも全くないので、お好きな方からしたら邪道だとは思うんですけど、
色々資料を読んで調べたりして、それなりに思い入れのある軍艦でした。
映画「この世界の片隅に」で、「あれは武蔵じゃ」というセリフが出てきたことがすごく嬉しいくらいには。

沈没から約70年後の2015年3月に、マイクロソフト共同創業者であるポール・アレン氏率いる海底探査プロジェクトチームにより、
フィリピン・シブヤン海の底に沈んでいた武蔵が発見されました。

探索年数は8年だったそうで。
世界最大級の超弩級戦艦といえど、広大な海に出たらちっぽけなものです。
それを探すのは至難の業。

米軍の残した最後の戦闘中の武蔵の写真や色々な資料を元に、沈没地点のあたりをつけて探索していたそう。
潜水探索開始してからは3回目で見つかったとのことですが、準備にものすごく時間がかかったのですね。

その準備期間含め、武蔵沈没からは71年、終戦からはちょうど70年の節目に見つかったのは、
私はそういう超常現象的なものはあまり信用していませんが、それでも何かの力が働いたんじゃないかと思う次第なのです。
この番組が自分の誕生日に放送されたのにも、縁を感じたりして。

有名な写真なんだと思いますが、武蔵の最期の写真として、艦首部分が浸水して傾いてるものがあります。
大和は大爆発を起こして沈んでますが、武蔵はそういった記録がなかったため、
ズボンとほぼそのままの姿で沈没してると考えられていたそうですが、実際に見つかった武蔵は、
1km四方に残骸がバラバラに吹き飛んだ姿でした。

発見された武蔵から「武蔵の最期」はどんなものだったのかの考察が番組の内容。
世界一のぶ厚さを誇った装甲板(40cm超え、使用された鉄2万トン以上)を持ち、
鉄壁の防御を誇っていた武蔵が、なぜ沈んだのか。
浸水原因であろう艦首に穴が開いたくらいでは沈まないはずなのに、なぜ?
そしてなぜバラバラに沈んでいたのか?
最新技術や門外不出の資料を元に専門家の方々が推察していくのですが、非常に興味深い内容でした。

見てて思ったのは、よくこれをあの時代にたった4年で作ったな……ということ。
艦内広すぎて、書類送るエアシューター完備されてたとか、機銃が電気整備だったとか、
厚さ40cm超えの鉄板をよく加工したな(ただ当時の装甲を止める方法であるリベット接合が沈没の要因ではあったようですが)
とか、当時の技術力に感嘆するばかりでした。

ちなみに武蔵の全長は、ジャンボジェット機3つ分。
空港で見るジャンボジェット1機でも相当でかいと感じるのに、あれが3つ縦に並んだ状態って。
でかい。要塞ですよね、もう。

搭載された主砲は1つが駆逐艦と同じ重さくらい。
それが3基搭載。
でかい。
(※この主砲は旋回させることが出来たのですが、この技術を平和利用したのが、
ホテルニューオータニの回転展望レストランだそうでやんす。前回の東京オリンピック時に作られ、現在も現役。98へぇ)

右から左から前から後ろから四方を囲まれて推定雷撃20本、爆弾17発、至近弾20発以上(諸説あり)
という超絶猛攻撃を受けてなお、9時間耐えた武蔵。
しかも魚雷は対超弩級戦艦航空魚雷。

結局沈没の原因は魚雷です。
砲には強く作っていたけど、航空魚雷でのダメージは想定外であった側面もあったようです。

そのあまりの頑丈さにアメリカ軍をして「モンスター」と言わしめたそうですが、
アメリカ軍からしたら、まだ沈まないのかよ!なんだよこれ!状態だったのでしょう。

その後、一番艦の大和も航空攻撃によって沈んでますが、
大和に攻撃を仕掛けた航空機はアメリカ軍の正規空母エセックス級(搭載機数90~100機)約4隻分なんだそうです。
アメリカだからこそそれだけの航空兵力を出せたわけで、逆にそのくらい出さないと沈めることは出来なかったと。

ゲームだと、そんなこともなく巡洋艦や駆逐艦に沈められることもあるのでしょうが、
この番組見ちゃうと、いやいやないわーと思っちゃいますね、これ。
正規空母搭載機4隻分フル稼働でそれでも長時間耐えてたって事実をそのままゲームにしちゃうと、
ゲームにならないでしょうから、仕方のないことですけど。

大和撃沈の際、空母護衛部隊にいたのがアイオワ級3番艦の戦艦ミズーリ。
日本の降伏調印式場としても有名な戦艦で、今もパールハーバーに記念艦として保存されておりますが、
「カミカゼ・アタック・サイト」と称される凹みが今でも残っています。

カミカゼ、そう、特攻隊が突入した際についた凹みです。
その瞬間の写真が残っています。
まさにミズーリに特攻する瞬間の特攻機を映した写真が。

突入の結果は……調印式に使われ、記念艦として保存されていることからも分かりますが、ほとんど無傷。
燃料引火はしたようですが、すみやかに消火活動が行われたとのことです。
命と引き換えの突入の結果は、凹みが残っただけ。

この特攻隊員は、どなただったかも判明しています。
正しくは、ペアを組んでたうちのどちらか(1機は突入前に撃墜されている)
どちらも19歳の若者。

19歳。
日本の将来を担うはずだった若者。
夢や希望もあったでしょう。
ほのかな恋をしてたかもしれない。
でも、彼らは国のため……というか、人間魚雷・回天の18歳の乗組員の遺書にもありますが、

「今日私が特攻隊でいかなければどうなると思いますか。
戦争が日本本土まで迫って、
この世の中で一番大好きだった母さんが死なれるから私が行くのですよ」

愛する家族を戦火から守るため、命を賭したのですね。
ああ、ここまで書いてきて、なんかもう自分の生き方が恥ずかしくて情けなくなってきた……

このミズーリへ特攻した青年は、「永遠の0」の主人公・宮部久蔵(実写映画で岡田くんが演じたパイロットです)の
モデルじゃないかと言われたりもしています。

あまりの衝撃で上半身と頭部がミズーリ甲板上に投げ出され、遺体を乗組員は海に投げ捨てようとしたそうですが(敵ですからね……)
艦長であったウィリアム・キャラハン氏がそれを制し、星条旗に手書きで日の丸を描いた旗で包んで、
手厚く水葬してくださったそうです。
実兄のダニエル・キャラハンを、第三次ソロモン海戦時に戦艦霧島の砲撃で失っているにも関わらず。
自分に同じこと……果たして出来るかと考えると……私情が先走ってきっと無理です。
すごい方がいらっしゃったものだと、感動すら覚えます。

この特攻隊員が誰であったかを突き止めたのが、元戦艦武蔵の乗組員であった方。
言葉で表すと「沈没しました」「攻撃受けました」で終わってしまいますが、
人間が乗っていたわけですから、船が沈没しました、だけじゃないんですよね。
番組内でも、「爆撃を受けて、甲板が遺体で埋まっていた」とか「喉から上が吹き飛んだまま座って息絶えていた」とか
元乗組員の方の口から語られてますが、沈没前の船上は、地獄のような惨状だったと思います。
海上ですから逃げ場もないですし。

武蔵沈没後、6時間漂流したのちに助け出されたというその方が、時を経て大和撃沈時の空母護衛戦艦ミズーリに
突入した特攻隊員が誰であったかを調査され、そして判明した。
なんとも言えない気持ちになりました。

祖国のために命を散らした特攻隊員の多くが若者であったように、
武蔵の乗組員も若者が多かったそうです。

とある人間魚雷・回天搭乗員を題材にした映画で、
自分の母親に容姿が似ているという搭乗員の一人が、鏡の中の自分に母親の面影を感じつつ
「お母さん」と泣きながら出撃する姿が描かれていました。

戻ってこないので最期の様子が分かるわけもなく、上記の描写はフィクションでしょうが、
死を覚悟したその時、心に浮かべるのはきっと家族や愛する人のことだったんじゃないかと思います。

今の自分より年下の多くの若者が、愛する家族を守るために死を覚悟して戦場に赴き、戦って命を散らした。
輝く未来も夢も希望も奪い去った戦争というものは、本当になんて愚かなことだろうと心底思います。

その戦争中の日常を描いているのが、ちょっと上でも触れていますが映画「この世界の片隅に」。
口コミで評判となり、公開規模拡大、ロングランとなっている近年たぐい稀な映画かと思います。
私もGEのフレさんからすごい良かったとおすすめしてもらって見に行ったのですが、本当に素晴らしかった。
広島・呉の話なので、軍艦も出てきます。
終わる前にもう一度スクリーンで見たいなぁ。

GE完全に関係ないくっそ真面目な話でしたが、今回はこのあたりで('ω')ノ

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